シカゴブルースの父:マディ・ウォーターズ
マディ・ウォーターズを簡単解説
マディ・ウォーターズは、1913年アメリカミシシッピ―州生まれのギターリスト、シンガー。子供の頃に、水路で泥まみれになって遊んで帰宅したら、姉妹に「泥水(マディ・ウォーターズ)」と呼ばれ、それ以来ニックネームになりました。シカゴブルースの父と呼ばれ、ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトン、ジョン・メイオール等ロック界への影響は計り知れず。
マディ・ウォーターズ~シカゴに行くまで
アマチュア時代
マディ・ウォーターズはミシシッピ時代、アマチュアとは言いながらもストリートやクラブで演奏しては、1日に20ドルから30ドルも稼いでいました。当時の20ドルは、日本円で現在の8万~10万円ほどの価値になります。当時から結構稼いでいますね。
初レコーディング
初めてのレコーディングは国会図書館の資料として、アラン・ロマックスによって録音されました。この時に録音した「カントリー・ブルース」は初期のマディに最も影響を与えた2人サン・ハウスの「マイ・ブラック・ママ」とロバート・ジョンスンの「ウォーキング・ブルース」でした。
彼の功績は、シカゴ時代にあるのですが、一方このミシシッピーで培ったデルタ・フィーリングがマディ自身の売り物になったのも事実です。
Son House “Death Letter Blues”
マディ・ウォーターズ~シカゴ時代
マディ・ウォーターズは、30歳になって1人シカゴを目指しました。当時の30歳は、現在の40歳ぐらいの感覚ではないでしょうか?このシカゴでの最初の目的は、大きなレーベルで録音することだったようです。多くの先輩ミュージシャンに出会いながらチャンスを狙ってましたが、46年にマディを高く評価してくれていたピアニストのサニーランド・スリムらをバックの3曲録音するも未発表となりました。(後にリリースされました)
初ヒット曲「アイ・キャント・ビー・サティスファイド」
その後もサニーランド・スリムの強力推薦によって、47年アリストクラット(後のチェス・レーベル)で録音したのが、「ジプシー・ウーマン」です。残念ながらまだヒットには恵まれません。翌48年、ベースのビッグ・クロフォードをバッグに歌ったミシシッピー時代からの18番「アイ・キャント・ビー・サティスファイド」で遂にヒットを記録。
チェスは、その後51年まで、マディとクロスフォードのコンビを基本形として、カントリー・ブルースにリズムを加えたスタイルにします。その後、リロイ・フォスター(ヴォーカル/ドラムス)が加わり、バンドスタイルとなっていきます。
51年には、リトル・ウォーターズのハ―モニカは入り、「シー・ムーヴズ・ミー」がヒット。
Muddy Waters – She Moves Me
54年には、R&Bチャートでも成果の上がった時期で、マディ・ウォーターズもシカゴ・ブルースを代表する存在となって来ます。この仕掛人として重要な人物がウィリー・ディクソンです。
ブルース・ブームの中心に
敏腕プロデューサー:ウィリーディクソン
この元ボクサーで、作詞作曲家、プロデューサー、ベーシスト、シンガーとしてシカゴブルースの重鎮として大活躍したのが、先に出て来たウィリー・ディクソンです。彼は、ヨーロッパのフォーク・ブルース・フェスティバルでも長年プロデューサー的立場で尽力しました。イギリスを中心としたブルース・ブームの仕掛人でもあり、彼のブルースマン動員力と行動力が無ければ、現在ほどのブルースに対する関心が白人社会に浸透したかは疑問が残るほどです。
また彼の作品「フー・チー・マン」「ジャスト・メイク・ラヴ・トゥ・ミー」「アイム・レディ」等は、50年代半ばの黒人たちが求めた音楽で、それまでの哀愁めいて諦めのいいブルースとは違って、自信に満ち溢れ、性的魅力にあふれたヒーローを歌いました。そして、マディ・ウォーターズのバンドにこの曲が吹き込まれ、さらにバンドは凄さを増していきます。
白人マーケットを意識
60年代に入ると、白人マーケットを常に意識したLP制作が続き、中にはヒットに恵まれた曲もありましたが、総体的にマンネリ化の傾向は否めませんでした。
白人ミュージシャン中心のライブにゲスト共演していく機会が増えていき、また時代が移り変わっていきました。ザ・バンドのラスト・ワルツにもゲスト共演しています。
晩年のマディ・ウォーターズ
70年代になり、マディ・ウォーターズも60歳になり、ジョニー・ウィンターや旧友ジミー・ロジャース、ビッグ・ウォルターに囲まれて、元気にやっていたマディでしたが、ご隠居最後の頑張りにといった雰囲気もありました。
80年には、来日も果たしていますが、20年くらい前に来日して欲しかったですね。僕はまで生まれてもいませんが。
マディは、類希な強運を持って、やりたい事にチャレンジし、やり抜いた大物ブルースマンでした。
マディ・ウォーターズの名盤
マディ・ウォーターズ/ザ・ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ
MUDDY WATERS / THE BEST OF MUDDY WATERS
マディの重みが伝わってきて、豪快な歌いっぷりに脱帽な名盤。ずしりと重い感触は、忘れられない。ジャケットでも売れているが、実に飽きないLPです。
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